田隼大研究機構(KHF)経済学部 令和8年3月16日 記
ベトナム政府は令和8年3月16日、ホルムズ海峡封鎖による世界的な石油供給混乱を受け、原油調達先の確保と拡大に向けて日本と韓国に協力を求めたと商工省が公式に明らかにした。グエン・ホアン・ロン商工副大臣が週末に東京で開催されたエネルギー安全保障サミットの合間に、日本の松尾剛彦・経済産業審議官および韓国の金正官・産業通商資源相と個別に会談し、それぞれ支援を要請した。国内備蓄が15日分にとどまるベトナムにとって、4月以降の調達を確保するための外交的布石となる。
■ 要請の内容:備蓄活用の支援とLNG・原子力投資の拡大
ロン副大臣は松尾審議官との会談で、「日本は重要な役割を持ち、大量の原油備蓄を有している」と述べ、ベトナムが国内需要を満たすための原油供給源の探索と確保を支援するよう求めた。加えて、ベトナムでの液化天然ガス(LNG)および原子力発電分野への日本企業の投資拡大についても協議した。
韓国の金産業相との会談でも、原油供給源へのアクセス確保に向けた支援要請が行われた。韓国はアジア有数の精製能力を持ち、ベトナムはこれまで韓国からの精製済み石油製品調達に大きく依存している。要請には、既存の調達ルート維持に加え、代替供給源の紹介や融通の可能性が含まれていたとみられる。
▼ アジア主要国の石油備蓄量と中東依存度(令和8年3月時点)
| 国 | 備蓄日数 | 中東依存度 | 状況・備考 |
| 日本 | 254日分 | 約93〜94% | 今回、国家+民間合計45日分を放出決定。アジア最大の備蓄国 |
| 韓国 | 208日分 | 約80%台 | 精製能力が高くベトナム等へ石油製品を輸出。今回の要請の主要な相手国 |
| 中国 | 約200日分 | 約75% | 独自ルートでロシア産・中東産を調達。IEA非加盟 |
| インド | 74日分 | 約60% | ロシア産原油の調達拡大で一部カバー。不可抗力宣言の動きあり |
| タイ | 61日分 | 約70% | 西アフリカ・米国産への調達分散計画を発表。給油制限措置も一時実施 |
| フィリピン | 60日分 | 約70% | エネルギー節約のため勤務週4日制を一部導入 |
| インドネシア | 約20日分 | 約60% | 石化最大手チャンドラ・アスリが不可抗力宣言、工場稼働率低下 |
| ベトナム | 15日分 | LPG輸入の約70% | 今回の要請国。国内2製油所が需要の70%を担うが、原料は中東依存。備蓄は東南アジア最低水準 |
(出所:各種報道・タイニュース・クロスボンバーほかをもとにKHF編集)
■ ベトナムのエネルギー事情:構造的脆弱性の実態
ベトナムには国内に2つの製油所(ズンクアット製油所・ギーソン製油所)があり、国内燃料需要の約70%を賄っている。これだけを見れば一定の自給能力を持つように映るが、両製油所が処理する原油のほとんどは中東地域から調達しており、実態はホルムズ海峡の動向に直結している。
さらにベトナムの石油製品の調達構造として、直接の中東産原油輸入だけでなく、シンガポールや韓国から精製済み石油製品を輸入するルートにも大きく依存している。ホルムズ海峡封鎖が世界のエネルギー物流を停滞させる中、これらの間接ルートにも影響が波及し始めている。
ベトナム国営ガス大手のペトロベトナムガス(PVガス)は令和8年3月2日、LPG(液化石油ガス)の供給について「不可抗力(フォースマジュール)」条項の適用を宣言した。輸入LPGの約70%を中東から調達しており、3月後半から4月末にかけての調達が困難になると通告した内容だ。
実際にガソリン不足の影響はすでに出始めており、ハノイ市内のガソリンスタンドで在庫切れが発生し、消費量が通常比30%増に達するスタンドも報告されている。ベトナムのガソリン価格は直近でおよそ4割上昇したとされ、国内企業にも4月以降の石油原材料の納入見通しが立たないとする声が上がっている。
■ 日本・韓国への要請の意味:「備蓄大国」への照準
今回ベトナムが日本と韓国に照準を当てた理由は数字に端的に表れている。日本はアジア最大の254日分の石油備蓄を保有し、今回すでに過去最大規模の45日分放出を決定している。韓国は208日分の備蓄に加え、高度な石油精製能力を持ちアジア域内への石油製品輸出国でもある。
ベトナムの要請は単なる緊急支援にとどまらない側面もある。松尾審議官との会談でLNG・原子力投資の拡大が議題に上ったことは、今次エネルギー危機を契機に、日本との長期的なエネルギー協力関係の構造を組み換えようとする戦略的意図が読み取れる。ベトナムは2009年に計画されながら令和5年に一度白紙撤回した原子力発電所の建設を令和6年に再浮上させており、日本企業の関与への期待が改めて高まっている。
韓国への要請も同様に、既存の石油製品調達ルートの維持・拡大と、代替供給源の斡旋という実務的かつ戦略的な要素を持つ。アジア域内のエネルギー安全保障ネットワークが、今次危機を通じて再編されつつある構図が見えてくる。
■ ASEAN全域への波及:東南アジアのエネルギー危機
ベトナムの危機は東南アジア全体の縮図だ。インドネシア、タイ、ミャンマー、フィリピンでも同様の影響が広がっており、各国政府は対応に追われている。タイでは大手給油所が一時ドラム缶での燃料販売を停止し、ミャンマーでは連休明けに給油所の行列が目立った。フィリピンでは政府がエネルギー節約のために勤務を週4日に制限する動きまで出ている。
こうした状況に対し、日本政府は3月13日に東京でエネルギー安全保障サミットを開催し、アジア各国とのエネルギー協力強化を議論した。今回のベトナムの要請はこのサミットの「余白」で行われた二国間協議から生じており、日本が地域のエネルギー安保における「備蓄大国」として果たす役割への期待が高まっていることを示している。
■ 今後の焦点
第一の焦点はベトナムの4月以降の供給確保だ。国営石油会社PVOILは3月分の供給契約は締結済みとしているが、「4月以降はホルムズ海峡の動向次第」と明言しており、米国の船舶護衛合意の実現が直接的な変数となる。
第二に日本の対応だ。今回の官報告示による民間備蓄引き下げと国家備蓄放出は、日本国内の供給安定が第一義だが、アジア域内でのエネルギー外交上も意味を持つ。ASEAN諸国への備蓄融通や精製支援が実現すれば、日本のエネルギー外交の存在感を大きく高める契機となりうる。
第三に、今回の危機がLNG・原子力など「中東依存からの脱却」を加速するかどうかだ。ベトナムが原子力建設計画を再浮上させているように、エネルギー源の多様化投資を巡る日本・韓国・中国・ロシア・米国の競争がASEAN域内で激しさを増している。
