神田隼大研究機構(KHF)経済学部、法学部
金融庁は2025年12月に公表した金融審議会ワーキング・グループ(WG)報告書に基づき、2026年通常国会に金融商品取引法(金商法)改正案を提出する方針を固めた。改正の最大の眼目は、現行の資金決済法が定める「暗号資産(仮想通貨)の無登録販売」への罰則を、拘禁刑3年以下・罰金300万円以下から、金商法水準の拘禁刑10年以下・罰金1,000万円以下へと大幅に引き上げることにある。SNSやオンラインサロン経由の詐欺的勧誘が急増する中、刑事罰を株式並みの水準へ強化し、無登録業者への抑止力を高める狙いだ。
■ なぜ今、金商法移行なのか:「決済手段」から「投資商品」へ
現行法では、ビットコインなどの暗号資産は「決済手段」として資金決済法の規制下に置かれている。しかし2024年には暗号資産保有者の口座開設数が延べ1,300万口座を突破、利用者預託金残高も5兆円超に達するなど、実態は「投資商品」として定着している。こうした現実と規制の乖離を埋めるため、金融庁は2025年6月に金融審議会に諮問し、同年12月10日にWG報告書を公表した。
報告書の核心は「暗号資産を資金決済法から金商法へ一本化する」ことだ。株式や債券と同等の横断的投資家保護法制に組み込むことで、情報開示義務・インサイダー取引規制・証券取引等監視委員会による犯則調査権限・課徴金制度など、株式市場と同水準の規制を暗号資産市場に適用する。施行は法改正から約1年の準備期間を経た2027年を見込む。
▼ 無登録販売の罰則比較:改正前後
| 項目 | 現行(資金決済法) | 改正後(金商法移行) |
| 根拠法 | 資金決済法第107条第12号 | 金融商品取引法(改正後) |
| 拘禁刑(最高) | 3年以下 | 10年以下(3.3倍強化) |
| 罰金(最高) | 300万円以下 | 1,000万円以下(3.3倍強化) |
| 表示・勧誘のみの場合 | 規定なし(実質無罰) | 1年以下の拘禁刑等(新設) |
| 課徴金制度 | なし | 導入(証券監視委による調査・勧告) |
| 緊急差止命令 | なし | 裁判所による申立て可能(新設) |
(出所:金融庁WG報告書・資金決済法・金商法条文をもとにKHF編集)
■ 厳罰化の背景:月300件超の詐欺相談、SNS型勧誘の急増
金融庁の「金融サービス利用者相談室」には暗号資産関連の相談が月平均300件以上寄せられており、その大半が詐欺的投資勧誘に関するものだ。特に深刻なのがSNS・マッチングアプリを入口とする「投資勧誘グループ」やオンラインサロン型の詐欺スキームで、「必ずもうかる」「高配当が得られる」などと誘い込み、暗号資産を購入させた後に出金できなくなるトラブルが急増している。
こうした違法業者の多くは無登録のまま活動しており、現行の資金決済法では「3年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金」という罰則しか適用できなかった。さらに無登録業者が単に「勧誘」しただけの段階では罰則がなく、取引が完了して被害が生じた後でなければ法的対処が難しいという制度的な空白も指摘されていた。金融庁のWG資料は「より実効的かつ厳格な規制により無登録業者による違法な勧誘を抑止する必要がある」と明記しており、今回の罰則強化はこの課題への直接的な回答だ。
■ 改正の全体像:罰則強化にとどまらない「六本柱」
今回の法改正は罰則強化だけでなく、暗号資産規制の構造を根本から転換する包括的な改革だ。WG報告書が提示した主要な柱は以下のとおりだ。
(1)インサイダー取引規制の導入
上場予定や発行者の破産など投資判断に重要な影響を与える未公表情報を利用した取引を禁止。証券取引等監視委員会に犯則調査権限を付与し、課徴金制度を適用する。株式市場ではすでに成熟したインサイダー規制が、ようやく暗号資産市場にも適用されることになる。
(2)発行体への情報開示義務
暗号資産の発行者に対し、年1回の情報開示を義務付ける。現行はJVCEA(日本暗号資産等取引業協会)による自主規制上のホワイトペーパー提供にとどまっており、記載内容の不明確さや実際のコードとの乖離が問題となっていた。法的義務化により、投資家が適切なリスク判断を行える環境を整える。
(3)投資運用・アドバイス行為への規制新設
暗号資産を投資対象とする投資運用行為(アセットマネジメント)や投資助言行為(投資アドバイス)を規制対象とする。現行では、暗号資産交換業に該当しない形で運用・助言を行っても法的規制がなく、違法スキームの温床となっていた。
(4)セキュリティ強化と責任準備金
2024年のDMMビットコイン流出事案(482億円相当)など、不正アクセスによる暗号資産盗難が頻発していることを受け、交換業者に不正流出補償に備えた責任準備金の積み立てを義務付ける。システム業者向けには届け出制を導入し、サプライチェーン全体のセキュリティ体制を強化する。
(5)DEX・海外無登録業者への対応
分散型取引所(DEX)や海外に所在する無登録業者での取引リスクについて、利用者への周知徹底を強化する。海外業者に対する緊急差止命令の申立て権限を整備し、エンフォースメントの実効性を高める。
■ 市場への影響:規制強化とイノベーション促進の両立が焦点
改正後の規制が株式並みの水準になることで、既存の暗号資産交換業者には第一種金融商品取引業に相当する規制が適用される見通しだ。これにより参入ハードルが高まる一方、機関投資家や銀行グループが暗号資産ビジネスに参入しやすくなり、市場の健全化と資本流入が促進されるとの見方もある。
野村総合研究所の大崎貞和氏は同制度移行について「暗号資産市場に対して株式市場と同様の投資家保護を提供する転換点」と評価しつつ、「有価証券を想定した既存の金商法の規定をそのまま適用することの難しさ」も指摘している。暗号資産の技術的特性に応じた制度設計の精緻化が、今後の国会審議で問われる。
また、ビットコイン等の現物ETFをめぐっては、米国・カナダ・オーストラリアで上場が進んでいる。金商法への移行を契機に、日本でも現物ETFの解禁に向けた議論が加速するとみられており、業界団体は2027年施行に合わせた制度整備を要望している。
■ 今後のスケジュール
| 2026年通常国会 | 金商法改正案提出・審議。成立後は施行令・内閣府令の整備へ |
| 2026年〜2027年 | 約1年の準備期間。既存の暗号資産交換業者は金商業への登録移行手続きを実施。証券監視委の体制整備も並行 |
| 2027年(施行目標) | 新制度施行。無登録販売の拘禁刑10年・罰金1,000万円が正式適用。インサイダー取引規制・開示義務も同時発効の見通し |
