官報告示:民間石油備蓄の義務日数を70日→55日に引き下げ。適用は本日16日より1カ月間。国家備蓄放出と並行、過去最大規模の45日分を市場へ供給へ

神田隼大研究機構経済学部

 経済産業省は16日付の官報に告示を掲載し、石油精製業者・特定石油販売業者など石油備蓄法に基づく民間事業者に課している備蓄義務日数を、従来の70日分から55日分へ15日分(約1カ月相当)引き下げた。期間は本日16日から1カ月間。国家備蓄1カ月分の市場放出と同時に発動する今回の措置は、民間・国家を合わせた合計放出量が約8,000万バレル(約45日分)と過去最多となり、日本単独での国家備蓄放出としては制度発足以来初めての事例となる。

官報告示の概要:石油備蓄法第7条に基づく緊急措置

 今回の告示は石油備蓄法第7条第3項に根拠を持つ。同条項は「我が国への石油の供給が不足する事態が生じ、又は生ずるおそれがある場合」に、経済産業大臣が期間を定めて石油基準備蓄量を減少できると定めている。ホルムズ海峡の事実上の封鎖が続く中、政府は「供給不足が生ずるおそれがある」と判断し、通常の入札手続きを簡略化した随意契約方式を採用。3月下旬からの流通開始を目指す。

 民間備蓄の義務日数は、石油危機後の1974年に90日分でスタートし、国家備蓄の整備にあわせて1993年度以降に段階的に70日分へ軽減された経緯がある。さらに2017年12月には施行規則改正で40日台まで引き下げが認められた実績もある。今回の55日への引き下げは既存制度の枠内であり、緊急措置として迅速に執行できる性格のものだ。

日本の石油備蓄の構造(2025年末時点)と今回の措置

備蓄種別通常義務量今回放出備考
民間備蓄70日分(101日分保有)15日分(義務引下げ)本日官報告示。70日→55日に改正、1カ月間
国家備蓄146日分保有30日分放出3月下旬より段階放出。制度開始以来の単独放出
合計放出(今回)45日分8,000万バレル。過去最多(2022年は約2,250万バレル)

(出所:経済産業省発表、各種報道をもとにKHF編集)

背景:ホルムズ封鎖と「先手」の政治判断

 政府がIEAの正式合意を待たず日本単独での備蓄放出に踏み切った背景には、国内産業界からの強い要請があった。石油元売り会社はホルムズ海峡の事実上の封鎖(2月末〜)を受け、3月5日頃から政府に対して国家備蓄の早期放出を要請していた。加えて、ガソリンスタンドでの価格引き上げや消費者の「買い急ぎ」など、投機的な動きが局所的に現れ始めていたことも危機感を高めた。

 高市早苗首相は3月11日夜の記者会見で「IEAの決定を待たず単独で備蓄放出を行う」と表明。翌12日には一時的な停戦観測からWTI原油が81ドル台まで急落したが、再び100ドル台に回帰。政府は供給途絶の長期化を見据えた政策パッケージとして、①今回の官報告示による民間備蓄義務の引き下げ、②国家備蓄の段階的放出(3月下旬〜)、③ガソリン補助金の復活(19日出荷分より、1リットル170円水準に抑制)の三本柱を打ち出した。

効果と限界:「心理的効果」が主、実勢価格は原油次第

 野村総合研究所の木内登英氏(元日銀審議委員)は12日付のコラムで、「石油備蓄の放出は、供給不足に対する企業や人々の不安を緩和するための心理的な効果を狙った施策」と分析する。その論拠は、国内のガソリン価格は需給ではなく原油価格と為替レートで決まるため、「備蓄を放出しても国内ガソリン価格を全体的に押し下げる効果は期待できない」という点だ。

 実際、3月9日時点でのレギュラーガソリンの全国平均は161.8円(4週連続上昇)。3月12日にはすでに一部スタンドで196円に達しており、次回(3月18日公表)の調査では180円突破が予想されている。補助金により170円水準に抑制する政策効果が店頭に反映されるのは1〜2週間後の見込みとされており、市民生活への影響は当面続く。

 一方、備蓄放出には調達の「空白期間」が伴う。随意契約で迅速化を図るものの、国家備蓄の原油は精製を経てから供給される性質上、市場に届くまでに数週間〜1カ月程度のタイムラグが生じる見通しだ。企業側がこの期間をどう乗り越えるかが今後の焦点となる。

残存備蓄と財政:「後半戦」のリスク管理

 今回の45日分放出後も、国内の石油備蓄は合計で209日分超が残存する計算となり、IEAが加盟国に義務付ける「輸入量の90日分以上」を大きく上回る。ただし国家備蓄は原油の状態での封印保管であり、精製能力には限りがある。ホルムズ海峡封鎖が3カ月以上に長期化した場合の追加放出余力と、それに伴う精製・輸送インフラのボトルネックが今後の課題となる。

 財政面では、ガソリン補助金の財源として燃料油価格激変緩和対策基金の残高(2月末時点で約2,800億円)を活用する方針だが、封鎖が長期化すれば基金が底をつくリスクも指摘されている。経済産業省は補助金支給額の上限や期間について引き続き検討を続ける姿勢を示している。

参考:過去の主な石油備蓄放出との比較

時期契機放出規模特記事項
2011年3月東日本大震災民間備蓄25日分引下げ国家備蓄は放出せず。民間備蓄のみ2回に分け実施
2022年3〜4月ロシア・ウクライナ戦争国家+民間 約2,250万バレルIEA協調放出の一環。国家備蓄単独放出はこのとき初
20263月(今回)ホルムズ海峡封鎖国家+民間 約8,000万バレル日本単独・IEA合意前に放出決定。規模は2022年の3.5倍超で過去最多

(出所:各種報道・Wikipedia・資源エネルギー庁資料をもとにKHF編集)

今後の論点

 第一に、ホルムズ海峡の通航が再開されるかどうかが最大の変数だ。米による船舶護衛の多国間合意が今週中にも発表される可能性があり、実現すれば原油価格の反落と備蓄回収に向けた局面転換となる。

 第二に、補助金基金の残高(約2,800億円)と備蓄放出期間の整合性だ。封鎖が長期化すれば補助金コストが急増し、国会での追加予算措置が不可欠となる。FOMCや日銀決定会合の結果とともに、政府の財政対応の持続性が問われる局面が続く。

 第三に、今回の日本単独放出がIEAの国際的な協調体制に与える影響だ。IEAは今回、日本の単独行動に続いて過去最大となる3〜4億バレル規模の協調放出を加盟国に提案中とされる。G7での連携枠組みが機能するかどうかが、エネルギー安保の新たな試金石となる。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

上部へスクロール