内容は神田隼大研究機構 文学部史学科の見解を示すものであり、外部査読機関による審査を経ていない。
引用・転載の際には未査読である旨を必ず明記すること。 ※ Dieses Papier ist ein nicht begutachtetes Preprint der Abteilung für Geschichtswissenschaft, Fakultät für Literaturwissenschaft, Kanda-Hayato-Forschungsgemeinschaft. Es hat keine externe Begutachtung durchlaufen.
Kanda-Hayato-Forschungsgemeinschaft · Fakultät für Literaturwissenschaft · Abteilung Geschichtswissenschaft
南京事件をめぐる立証責任の構造的分析
― 悪魔の証明の強制と赤化支那側の説明責任の欠落 ―
Strukturanalyse der Beweislast in der Nanjing-Kontroverse
— Erzwingung des Teufelsbeweises und das Fehlen der Rechenschaftspflicht der rotchinesischen Seite —
本稿では、歴史的・政治的文脈を厳密に区別するため、当時の日本語一次資料および神田隼大研究機構の術語規定に従い、「中国」を「支那」と表記する場合がある。中華人民共和国政府および同政府が主導する国家的記憶政策・宣伝機構を指示する場合には「赤化支那」という語を用いる。
ただしここにおける「支那」「赤化支那」は、特定民族一般への侮蔑を意図するものではない。政治主体・国家体制・国家的記憶装置を歴史叙述上区別するための術語である。
本稿の命題と結論 Thesen und Schlussfolgerungen dieser Abhandlung
本稿は、いわゆる南京大虐殺をめぐる学術的議論において、立証責任(Beweislast)の構造が著しく歪められている事態を分析するものである。とりわけ、日本側が「悪魔の証明(Teufelsbeweis)」を強制されている一方、赤化支那側が中心的主張——すなわち「三十万人の無辜の市民が計画的に虐殺された」という定式——について、学術上要求される説明責任(Rechenschaftspflicht)を果たしていない点を批判的に検討する。
「三十万人の無辜の市民に対する計画的大虐殺」という定式が学術的確定事実として扱われ、これに疑義を呈する者が「反証責任」を一方的に課される現状は、論証論理(Beweislogik)の根本的倒置(Umkehrung)である。本稿はその構造を精密に解明する。
南京事件の現存史料は、日本軍による大規模な戦時不法行為を相当程度支持する。しかし「三十万人の無辜の市民に対する計画的大虐殺」という定式は、犠牲者数・地理的範囲・時期的区分・被害者身分の分類・埋葬記録の解釈・便衣兵問題・命令系統の追跡という七つの立証要件のいずれについても、赤化支那側によって充足されていない。これを確定事実として受容するよう求め、疑義を呈した者に悪魔の証明を課す論法は、学術上の立証責任を根本的に倒置するものである。
問題の所在と研究史の構造 Problemstellung und Struktur der Forschungsgeschichte
一・一 議論の二極分解と第三の立場の必要
南京事件をめぐる議論は、歴史学上の問題であると同時に、高度に政治化された記憶論争(Erinnerungsstreit)の場となっている。議論はしばしば二つの極端に分裂する。第一は、「三十万人の無辜の市民が計画的・組織的に虐殺された」という最大主張(Maximalhypothese)である。第二は、南京事件全体を虚構または大幅な誇張と断定する全面否定論(Totalnegationism)である。
本稿は、いずれの極端も学術上支持し得ないと判断する。全面否定論は、日本軍関係記録・外国人目撃者記録・戦後裁判資料が示す不法行為の証拠に対して十分に向き合っていない。他方、最大主張は、その数値・分類・証拠の射程について学術上要求される立証を行っていない。
したがって本稿が採る立場は次の通りである。南京において日本軍による重大な戦時不法行為が存在したことを認めつつ、最大主張が立証責任の観点から学術的要件を充足しているか否かを精密に検討する。
一・二 赤化支那の記憶政治と学術の混同
赤化支那において、南京事件は純粋な歴史事件ではなく、国家的記憶の核心として機能する政治的事件である。「三十万人」という数値は、一九八五年の南京虐殺記念館開設以降、歴史学上の検証数値ではなく、愛国主義教育・反日記憶政策・対日外交交渉の象徴的数値として制度化されてきた。
このため、赤化支那側の主張においては、「三十万人」が史料批判の対象ではなく政治的・道徳的前提として扱われる傾向がある。しかし、歴史学における数値主張は——その主張がいかなる政治的重要性を持っていようとも——他のあらゆる主張と同一の批判基準(Kriteriologie)に服さなければならない。国家的慰霊の象徴であることは、立証責任の免除根拠にはならない。
立証責任の論理的構造 Logische Struktur der Beweislast
二・一 立証責任の原則
論証論理の基本原則は、主張を行う者がその主張を立証しなければならない(Behauptende hat die Beweislast)というものである。これは西洋法学・学術論証双方に共通する普遍的原則であり、歴史学においても同様に適用される。
反論側の義務は、Pが成立しないことを完全に証明することではない。
反論側の義務は、①Pを支持する証拠の射程・信頼性・分類の妥当性を検討し、②当該証拠がPを確定的に支持しないことを示すことである。
二・二 南京事件における主張側の立証要件
「三十万人の無辜の市民が計画的に虐殺された」という命題を立証するためには、少なくとも次の七要件を充足しなければならない。これらは歴史学上の大量死主張(Massentötungsbehauptung)に対して要求される標準的立証水準である。
| 立証要件 | 要件の内容 | 赤化支那側の充足状況 |
|---|---|---|
| ① 数値の根拠 | 「三十万人」という数値の根拠となる計算方法・使用資料・統計処理の開示 | 未充足。記念館公式数値として提示されるのみで、算定根拠の学術的開示なし |
| ② 地理的範囲の確定 | 南京市内のみか、南京特別市全域か、周辺六県を含むかの明示 | 未充足。主張によって適宜拡張・縮小される。範囲を広げることで数値を増加させる論法が見られる |
| ③ 時期的範囲の確定 | 陥落直後数日か、六週間か、翌年三月までを含むかの明示 | 未充足。時期設定が数値に応じて後付けされる傾向がある |
| ④ 犠牲者の身分分類 | 民間人・捕虜・武装解除兵・敗残兵・便衣兵・戦闘死者の区別と各数値の提示 | 未充足。「三十万人」を「無辜の市民」として一括するが、身分別の内訳は提示されない |
| ⑤ 埋葬記録の整合 | 埋葬記録(紅卍字会・崇善堂等)の数値と「三十万人」の乖離についての説明 | 未充足。両数値の乖離は「未回収遺体の存在」で一括説明されるが、その推計根拠は不明 |
| ⑥ 計画性の証明 | 「計画的」殺害であることを示す命令系統・事前指示・組織的遂行の証拠 | 未充足。軍紀崩壊・捕虜処刑と「計画的大虐殺」は別命題であるが、混同されている |
| ⑦ 重複排除の処理 | 異なる資料・証言間の重複計算の除去と、その処理方法の開示 | 未充足。複数資料の加算によって数値を増加させる操作が指摘されているが、反論なし |
以上の七要件のうち、赤化支那側が学術上充足しているものは現状において一つも確認できない。これは、「三十万人の計画的大虐殺」という命題が現時点において未立証(unbewiesene These)であることを意味する。
悪魔の証明の強制という論理的暴力 Die Erzwingung des Teufelsbeweises als logische Gewalt
三・一 悪魔の証明とは何か
「悪魔の証明(Teufelsbeweis)」とは、存在しないことを証明せよという要求、すなわち否定命題の完全証明を反論側に課す論法である。これは論証論理上、根本的に不当な要求とされている。
ある命題について、主張側が主張を維持しながら反論側に対し「存在しなかったことを証明せよ」と迫るならば、それは立証責任を不当に転嫁(Umkehrung der Beweislast)するものである。反論側がいかなる証拠を提示しても「記録が失われた可能性がある」「証拠を隠蔽した可能性がある」と応答することができるため、この構造において主張側は原理的に反証不可能な位置に自らを置くことができる。
「日本軍が一切の不法行為を行っていなかったことを証明せよ」という要求は、悪魔の証明の典型である。戦場・占領地において、全兵士・全日時・全地点・全行為について「違法性がなかった」ことを証明することは、原理的に不可能に近い。
したがって、この要求に応じられないことをもって「虐殺の証明」とする論法は、論証として根本的に無効である。
三・二 南京論争における悪魔の証明の構造
南京事件をめぐる議論において、日本側研究者は以下の構造的不利を課されている。
第一に、「三十万人の計画的虐殺」という最大主張について疑義を呈すると、「それでは何人ならば認めるのか」という問いに答えることを強いられる。しかし、立証責任の観点からは、反論側が代替数値を提示する義務はない。反論側の義務は主張側の証拠の射程を示すことであって、独自の代替数値を立証することではない。
第二に、証拠の不存在(記録の欠如・命令書の不在)を指摘すると、「記録を意図的に隠蔽・破棄した証拠である」と反論される。しかし、証拠の不存在は、①証拠の積極的隠蔽、②記録が最初から存在しなかった、③記録が存在したが戦乱・時間的経過により失われた、④記録対象の行為自体が存在しなかった、という少なくとも四つの解釈と整合する。「隠蔽」という解釈を採用するためには、隠蔽行為そのものを独立した証拠によって立証しなければならない。
第三に、日本軍関係資料の中に不法行為を示唆する記述が存在すると、それが「三十万人の計画的大虐殺」全体の証拠として援用される。しかし、捕虜の処刑記録は「捕虜処刑が存在した」ことを示すのであって、民間人三十万人の計画的虐殺を直接示すものではない。証拠の射程を超えた結論の導出は、論証論理上の誤謬である。
南京論争において日本側研究者に課されている反証要求は、しばしば悪魔の証明の構造をとる。すなわち、「全面的不法行為がなかったことを完全に証明せよ」という原理的に充足不可能な要求である。この要求に応じられないことは、「三十万人の計画的大虐殺」の立証にはならない。立証責任は主張側にあり、反論側はその証拠の射程を示せば足りる。
赤化支那側の説明責任の欠落 Das Fehlen der Rechenschaftspflicht der rotchinesischen Seite
四・一 「三十万人」という数値の起源と問題
「三十万人」という数値が正式な歴史学上の推計として定着したのは、一九八五年の南京大屠殺遇難同胞紀念館開設以後、とりわけ一九九七年以降の愛国主義教育強化期においてである。しかしこの数値の算定根拠は、学術論文として公開された形では存在しない。
遠東国際軍事裁判(東京裁判)における認定は、「二十万人以上」とするものが多く、「三十万人」を明示した認定ではない。また東京裁判自体が、戦勝国側の政治的枠組みの中で行われた法的手続きであり、その認定を歴史学上の最終確定値として扱うことはできない。
赤化支那側が提示する主要な算定根拠は以下の三種類に集約される。第一は埋葬記録(紅卍字会・崇善堂)の合算。第二は生存者証言の集積。第三は戦後裁判認定の数値。しかし本稿第三章で述べた七要件の観点からは、いずれも「三十万人の計画的大虐殺」を直接支持する独立した証拠とはなっていない。
四・二 埋葬記録の誤用
南京事件研究における埋葬記録——紅卍字会が公表した約四万三千件、崇善堂が公表した約十一万二千件等——は、「一定数の遺体が存在した」という事実を示す重要な資料である。しかし、この資料を「三十万人の市民虐殺」の証拠として直接援用するためには、少なくとも次の三段階の論証が必要である。
第一に、埋葬された者が戦闘死者ではなく虐殺死者であることの証明。第二に、虐殺死者が便衣兵・敗残兵ではなく無辜の民間人であることの証明。第三に、記録された埋葬数が全死者の代表的標本であり、それを基にした推計で三十万人という数値が算出される根拠の提示。
いずれの段階においても、赤化支那側は学術上充足した論証を提示していない。埋葬記録の合算という操作だけでは、「三十万人の無辜の市民の計画的虐殺」を導くことはできない。これは証拠の射程を超えた論証である。
四・三 証言証拠の方法論的問題
生存者・目撃者証言は、歴史研究における重要な資料である。しかし証言は、その性質上、以下の方法論的問題を伴う。これらは証言証拠一般に適用される学術上の批判基準であり、南京事件を特別扱いするものではない。
| 問題類型 | 内容 |
|---|---|
| 記憶の可変性 | 証言は、時間的経過・他者証言・メディア情報・集合的記憶によって事後的に変容する。数十年後の証言は、事件直後の証言と等価ではない |
| 地理的限定性 | 個々の目撃者が直接観察できる範囲は、南京全域の一部に過ぎない。局所的証言を南京全域の数値に外挿することは、統計的根拠を必要とする |
| 選択的収集 | 赤化支那国家機関が主導した証言収集は、特定の結論に沿う証言が選択される誘引構造を持つ。反証的証言の排除可能性を排除できない |
| 身分判別の困難 | 目撃された殺害事件において、被害者が民間人か便衣兵かを目撃者が確認できるとは限らない |
これらの問題は、証言証拠を全面否定するものではない。しかし、証言を「三十万人の計画的大虐殺」の直接的立証根拠として無批判に援用することを否定するものである。証言は、より限定的な命題——特定地域における暴力の存在——を支持する資料として扱われるべきである。
犠牲者分類論の精密化 Präzisierung der Opfertypologie
五・一 分類の重要性
南京事件の議論において、犠牲者の身分分類(Opferklassifikation)が曖昧なまま総数のみが提示されることは、議論を学術上無効にする重大な欠陥である。国際法上の評価・道徳的評価・歴史的評価は、殺害された者の身分によって根本的に異なる。
| 犠牲者類型 | 国際法上の位置づけ | 「計画的市民虐殺」への算入の可否 |
|---|---|---|
| 交戦中の戦闘死者 | 戦時国際法上の合法的戦闘行為の結果 | 算入不可 |
| 正規捕虜の処刑 | ジュネーヴ条約違反・戦争犯罪 | 不法行為として記録すべきだが「市民虐殺」ではない |
| 武装解除兵の殺害 | 戦争犯罪の可能性が高い | 不法行為として記録すべきだが「市民虐殺」ではない |
| 便衣兵・便衣兵疑惑者 | 国際法上極めて複雑な問題領域。審問なしの処刑は問題あり | 疑惑者全員を無辜の市民として算入することは不適切 |
| 敗残兵 | 逃走中であれば捕虜に準ずる保護が議論される | 「市民」への算入は不適切 |
| 一般民間人の殺害 | 明白な戦争犯罪・人道に対する罪 | 算入すべき。当該数値の立証が必要 |
赤化支那側が主張する「三十万人の無辜の市民の計画的虐殺」は、この分類表において最後の一項——「一般民間人の殺害」——の数値として立証される必要がある。しかし現状では、上記全類型を一括して「市民虐殺」と呼称することにより、立証要件を曖昧にしたまま最大数値を主張している。
これは論証上の詐術(Argumentationstricks)である。不法行為の存在——特に捕虜処刑・武装解除兵の殺害——を認めることは、「三十万人の無辜の市民の計画的虐殺」を認めることと同一ではない。前者の認定が後者の立証を代替することはできない。
五・二 便衣兵問題の精密化
南京陥落時、中華民国軍の一部が軍服を脱棄し民衆に混入したことは、複数の史料が示している。この事実の規模については議論の余地があるが、南京市内に敗残兵・武装解除兵・便衣兵疑惑者・民間人が混在していた状況は、事件の性質を複雑にしている。
重要なのは次の二点の区別である。第一に、便衣兵の存在は、日本軍が行った全ての殺害行為を合法化しない。便衣兵が存在したとしても、正規の審問なしに集団処刑を行うこと、民間人を無差別に殺害すること、強姦・略奪を行うことは正当化されない。第二に、便衣兵の存在は、「成人男性の一定数が便衣兵疑惑者として処分された」という事実を「無辜の市民の虐殺」として一括分類することを否定する根拠となる。
つまり、便衣兵問題は日本側の全面免責論ではなく、赤化支那側の「全被害者=無辜の市民」という単純化への批判として機能する。
日本軍資料の射程と限界 Reichweite und Grenzen japanischer Militärquellen
六・一 日本軍資料が示すもの
南京事件において全面否定論が最も論証力を失うのは、日本軍関係資料の存在によってである。一部の日本軍将兵の日記・命令記録・部隊記録には、捕虜を取らない方針の示唆、武装解除兵の処分命令、捕虜集団の殺害を記録する内容が含まれている。
これらの資料は、少なくとも次の命題を相当程度支持する。
南京占領後、日本軍の一部部隊において、捕虜・武装解除兵の不法処刑、占領地における暴力・強姦・略奪が組織的または半組織的に発生した。これは戦時国際法上の重大な違反であり、指揮責任の問題を生じさせる。
この命題を本稿は認める。全面否定論はこの点において史料上極めて困難な立場に置かれている。
六・二 日本軍資料が示さないもの
しかし、日本軍資料が上記命題を支持することは、「三十万人の無辜の市民の計画的大虐殺」という命題を直接支持するものではない。この二命題の間には、立証を要する大きな論理的間隙(Beweislücke)がある。
↓ この移行には追加的立証が必要
命題B:三十万人の無辜の市民が計画的に虐殺された(未立証)
命題Aを認めることは、命題Bを認めることを意味しない。
A→Bの推論には、犠牲者数・身分分類・計画性・地理的範囲の四点についての追加立証が不可欠である。
この間隙を埋めることなく、命題Aの存在をもって命題Bを既証とする論法は、証拠の射程を超えた結論の導出(Beweisfehlschluss)である。
外国人目撃者資料の評価 Bewertung der Augenzeugenberichte ausländischer Zeugen
七・一 外国人資料の重要性
マギー牧師の映像記録・ベイツ教授の書簡・ティンパーリーの報告・ラーベの日記等、南京安全区周辺に滞在した外国人の記録は、南京事件研究において最も信頼性の高い一次資料の一つである。これらは、南京占領後に日本軍による深刻な暴力が発生したことを記録している。
本稿はこれらの資料の重要性を認める。これらは日本軍による不法行為の存在を支持する強力な証拠である。
七・二 外国人資料の観察限界
しかし同時に、外国人目撃者資料には観察上の構造的限界がある。外国人は主として南京安全区(Sicherheitszone)内部および周辺において滞在していた。彼らは南京全域・郊外・揚子江沿岸・各処刑実施推定地点・各埋葬地点を網羅的に観察していたわけではない。
したがって、外国人資料は「南京安全区周辺における深刻な暴力の存在」を強く支持するが、それは「南京全域における三十万人虐殺の証拠」と同一ではない。局所的観察を全域的数値に外挿するためには、統計的・人口学的方法論の提示が必要であり、赤化支那側はこれを充足していない。
また、ティンパーリーが使用した「十万人以上」という数値の起源、ベイツの数値推計の方法論、ラーベ日記の複写伝達過程についても、批判的検討が必要である。これらの資料は南京事件における貴重な証拠だが、研究者はその資料的性質と限界を同時に評価しなければならない。
記憶政治と歴史学の分離 Trennung von Erinnerungspolitik und Geschichtswissenschaft
八・一 国家的記憶と学術的検証の非同一性
赤化支那における南京事件の記憶は、単なる歴史的事実の記録ではなく、国家によって制度化・管理・再生産される記憶政治(Erinnerungspolitik)の産物である。「三十万人」という数値は、愛国主義教育課程・公式祝祭・国家追悼儀式・国際交渉の文脈において繰り返し提示される国家的シンボルである。
しかし、国家的記憶がいかに広範に共有されていても、それは学術的立証と同一ではない。記憶の社会的重要性は立証責任の代替物ではない。国家が「三十万人」を国家記憶として制度化することと、歴史学が「三十万人の計画的大虐殺」を確定事実として認定することは、全く別の問題である。
八・二 ユネスコ登録という権威の問題
赤化支那側はしばしば、二〇一五年の世界記憶遺産(Weltdokumentenerbe)登録を「国際的認定」として援用する。しかし、ユネスコ記憶遺産の登録は、歴史学上の事実認定手続きではない。登録審査は史料の真正性(Authentizität)と保存価値を評価するものであって、特定の数値主張や解釈の学術的正確性を認証するものではない。
「ユネスコが認めた」ことは「三十万人の計画的大虐殺が学術的に立証された」ことを意味しない。国際機関の行政的決定を学術上の立証として援用する論法は、権威への訴え(Berufung auf Autorität)という論証上の誤謬に該当する。
八・三 日本政府見解の位置づけ
日本政府は、南京入城後に非戦闘員の殺害や略奪等があったことは否定できないという立場を公式に表明している。この見解は、日本軍による一定の不法行為の存在を日本政府自身が認めるものとして、対外議論上の参照点となる。
しかし、政府見解は外交的・法的・政治的配慮を含む公式表明であり、歴史学上の最終確定値ではない。政府見解が「非戦闘員の殺害があった」と述べることは、「三十万人の無辜の市民の計画的虐殺があった」ことの承認を意味しない。この間の大きな解釈的飛躍を埋めることなく、政府見解を最大主張の立証として援用することは不適切である。
反論の検討と学術的誠実性 Prüfung der Gegenargumente und wissenschaftliche Redlichkeit
九・一 「数字へのこだわりは被害の矮小化か」という反論について
本稿の立場に対して最も頻繁になされる反論は、「数値の検証にこだわることは被害の矮小化であり、犠牲者への冒涜ではないか」というものである。この反論は感情的訴求力を持つが、論証としては成立しない。
歴史学における数値の精密化は、被害の否定ではない。むしろ、誇張された数値が後に否定されることは、真の被害者の尊厳を毀損する。正確な記録・厳密な分類・批判的検証こそが、歴史的犠牲者に対する学術上の誠実な態度である。
九・二 「未回収遺体があるから埋葬数は過小評価」という反論について
この反論は一定の正当性を持つ。河川投棄・焼却・野放棄等によって記録に残らない死者が存在した可能性は排除できない。しかし、この正当な観察から導かれる結論は「数値は不確実であり、下限推計は過小評価の可能性がある」という認識論的謙虚さであって、「任意の大きな数値を確定値として採用してよい」という帰結ではない。
証拠の欠如は、それ自体として特定の大きな数値を支持しない。「記録されていない死者がいた」という事実は、「三十万人」という特定数値を支持する積極的証拠ではなく、単に推計の不確実性の幅を示すものである。
九・三 「命令書がないことは証拠隠滅の証拠」という反論について
「計画的虐殺の命令書が存在しないことは、日本軍が証拠を隠滅したことを示す」という反論は、論証として根本的に無効である。証拠の不存在から特定の解釈を導くためには、その解釈を支持する独立した証拠が必要である。「命令書がない」という事実は、前述の通り少なくとも四つの解釈と整合し、そのうち一つが「行為自体の不存在」である。
「証拠がないことを証拠とする」論法は、いかなる主張も反証不可能にすることで議論を学術外の領域に引き込む。これは学術的論争における最も危険な論法の一つである。
南京事件の学術的に堅実な理解に向けて Zu einer wissenschaftlich fundierten Deutung des Nanjing-Vorfalls
本稿の検討を通じて、以下の結論が導かれる。
第一に、南京占領後、日本軍による重大な戦時不法行為——捕虜・武装解除兵の処刑、占領地暴力、強姦、略奪——が存在したことは、複数の独立した一次資料によって相当程度支持される。本稿はこれを認める。
第二に、「三十万人の無辜の市民が計画的に虐殺された」という赤化支那側の定式は、七つの立証要件(数値の根拠・地理的範囲・時期的範囲・犠牲者分類・埋葬記録の整合・計画性の証明・重複排除の処理)について学術上の立証を充足しておらず、現時点において未立証命題である。
第三に、日本側が「全面的不法行為がなかったことを証明せよ」という要求を課されている現状は、悪魔の証明の強制という論証上の不当行為である。反論側の義務は代替的確定数値を提示することではなく、主張側の証拠の射程を示すことで足りる。
第四に、支那側にも日本側にも、同一の史料批判基準(Quellenkritik)が適用されなければならない。国家的記憶の象徴的重要性は、立証責任の免除根拠とはならない。
本稿が求めるのは南京事件の否定ではない。本稿が求めるのは、学術上の最低限の誠実さ——すなわち、主張する者が証拠を示し、その証拠の射程について批判的吟味に服すること——を、南京論争にも等しく適用することである。
確実に立証されていること、立証されていないこと、そして議論の余地があることを明確に区別すること。これが歴史学の本来の役割であり、神田隼大研究機構 文学部史学科が本稿を通じて訴えるところである。
参照資料一覧 Verzeichnis der zitierten Quellen
- 〔一〕極東国際軍事裁判 判決文(Urteil des Internationalen Militärgerichtshofs für den Fernen Osten)
- 〔二〕イェール大学神学部図書館所蔵・南京事件資料集(Yale Divinity School Library, Nanking Massacre Project)
- 〔三〕マギー牧師映像資料および書簡(John G. Magee Family Papers and Film Materials)
- 〔四〕ベイツ教授書簡・安全区往来文書(Miner Searle Bates Papers and Safety Zone Correspondence)
- 〔五〕ティンパーリー報告書『戦争とは何か』(H. J. Timperley, Bericht über den japanischen Terror in China)
- 〔六〕徐淑希編『南京安全区資料集』(Hsu Shuhsi, Dokumente der Nanking Sicherheitszone)
- 〔七〕デイヴィッド・アスキュー「南京人口・埋葬記録研究」諸論考(David Askew, Studien zur Nanjing-Bevölkerung und Bestattungsregistern)
- 〔八〕楊大慶「南京史学史と史料批判」諸論考(Daqing Yang, Nanjing Historiographie und Quellenkritik)
- 〔九〕吉田高司「日本・支那・合衆国における南京記憶」(Takashi Yoshida, Das Nanjing-Gedächtnis in Japan, China und den USA)
- 〔一〇〕藤原彰「日本軍記録と指揮責任」諸論考
- 〔一一〕笠原十九司「南京事件と日本軍」
- 〔一二〕秦郁彦「南京事件——「虐殺」の構造」
- 〔一三〕外務省「歴史問題Q&A」(日本外務省公式見解)
- 〔一四〕ユネスコ世界記憶遺産「南京虐殺文書」登録審査関係資料(UNESCO, Weltdokumentenerbe: Dokumente des Nanjing-Massakers)
- 〔一五〕南京大屠殺遇難同胞紀念館公式展示資料(offizielles Ausstellungsmaterial des Gedenkmuseums für die Opfer des Nanjing-Massakers)
- 〔一六〕紅卍字会・崇善堂埋葬記録(原資料及び諸研究による複製・分析)
- 〔一七〕ジョン・ラーベ日記(John Rabe, Tagebuch der Belagerung von Nanking)
